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ART BLAKEY [サイン]

ブレイキーのサイン
A JAZZ MESSAGE / ART BLAKEY QUARTET '63


「FORGET ME NOT」
ART BLAKEY

この一言でマスターとブレイキーの親交の深さがうかがわれる。

Mさんとの惜別 [客の一人として]

 Mさんが東京に立ってしまった。
 ジャズ喫茶「JAMAICA」の常連客。50代半ばの男性会社員。転勤である。
 先日は家でMさんにちなんだアルバムを何枚か聞き、その惜別に浸った。
 Mさん。ジャズを聞いて40年。「ジャマイカ」でジャズのことを教わった人。マスターと話すことが多かったが自分にも話してくれたことがあった。笑顔の絶えない人だった。高校生くらいの頃から「ジャマイカ」に通っていたという。
 「ジャマイカ」は今の場所に移って21年経つ。移転前はここからほど近い東映の映画館の地下にあった。その東映は今はもうない。Mさんが高校卒業後、大学進学や仕事の転勤で何度か東京へ行った。この何年かは札幌にいたため頻繁に「ジャマイカ」に訪れていた。そのため自分とも話す機会をもてた。マスターに、東映の頃からこの店に来ていたと言う客はいるが、マスターの記憶にない人もいる。だが、Mさんは東映の頃から覚えているという。札幌を離れてもたびたび店に顔を見せてくれたためとのこと。
 この人はオーディオにも関心がある。あるとき店のオーディオをこのブログに載せるため、ママさんにその名前を書いてもらった。自分はオーディオに疎いため、一度店に行っただけでは飲み込めず、マスターやママさんに何度か尋ねた。それでも理解できずにいた。そのときMさんも店に来ていたので、分かりやすくオーディオのシステムを説明してくれ、ようやくイメージをつかむことができた。
 Mさんは若い頃、本人の言う「ゴリゴリ」のジャズばかり聞いていた。「ゴリゴリ」でないのはジャズではないと思っていた。今のコーヒーショップでかかるような分かりやすいジャズではなく、メロディーがありながらも不協和音もあり、テンポも速い。そんな「ゴリゴリ」を好んでいた。バラードに目覚めたのは40歳を過ぎてからという。自分は逆に分かりやすいジャズから入りバラードもすぐに馴染んだ。「ゴリゴリ」が楽しめるようになったのはここ最近である。そのことを言うと珍しいねと言われた。
 そんなMさんと「ジャマイカ」で会うのが最後の日。自分はいつも通りの時間に着いた。ここのアルバイトのきれいな女の子も、勤務日でないのにMさんに会うために客になってかけつけた。ところが肝心のMさんが来ない。その女の子はもう来ないのかもと半分あきらめかけていた。時間は遅くなったがようやくMさんが来てくれた。聞けば送別会が13日続けてあり、今日も飲んで来たとのこと。本人が言うには、私を出しに周りの連中は自分が飲みたいだけだよと笑っていた。マスターは疲れた顔をしてるよといたわっていた。自分は今までお世話になったお礼にCDを渡した。Mさんは女性ボーカルも好きなので、ジャズではないがシェルビー・フリント『風の吹くまま』を差し出した。ジャケットを見て「おっ」と関心してくれた。東京でゆっくり聞かせてもらうよと受け取ってくれた。そして、自分の好きなマッカランを一杯ごちそうしてくれた。初めてMさんにおごってもらった。格別な味になった。CDを渡したことを喜んでくれたと思う。
 「ジャマイカ」でまた一つ大切な思い出ができた。








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